にゃごにゃ小学校

本家(HP)作製のネタ、あるいは記事にするには寸足らずな話を日記兼用でアップします。

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 欧米人と日本人の感性の違いを顕著に感じるものに、サーカスなどで活躍する小人がありますよね。小人症などの病的な理由で、背が極端に低いまま大人になった人です。

 日本人は、概してそういう人達をそうしたショーなどで見ることをあまり喜びません。私の好きな映画、オースティン・パワーズシリーズでも、2作目からミニミーというドクター・イーブルのクローンのような小人が出てきますが、あれはちょっとなあ、という人もけっこういるのではないでしょうか。日本の映画なら、まず小人は使わず、たぶん子役とかをあてがうでしょう。

 で、そうした起用は彼らに収入の場を与えるため、とかいう理由を挙げる人もありますが、それはやはり日本人の感性だと思うのです。ショーである以上、基準はお客が喜ぶかどうか。
 そして、日本人の場合には、どうしても、彼らはある種の障害者で、その障害を見世物にしている、という感覚が伴って、居心地悪い思いをするのだと思います。

 その点をカナダ人インターン生に聞いてみると、答は明解、小人を見ると愉快だから、ということでした。なんのウラもありません。彼らは、小人の役者を見ることが、心の底から楽しいのです。(別にそれが悪いといっているわけではありません。念のため。)
 具体的には、例えば定番で、買い物カートに乗って坂道を猛スピードで転げ落ちる、というシーンがありますが、そのカートに乗っている人が普通の人であるより、小人であった方が滑稽で面白く見える、したがって楽しい、といいます。
 これはもう、感性の違いとしか、いいようがないですよね。
 日本でもまあ、白木みのるのような役者もいましたが、彼はほとんど小人症のもつ独特の不自然さがなく、見かけ上、少年のように見えました。一方、ミニミーはやはり、顔も体型も、子供としてみるには不自然です。

 これは、日本人の小人に対する偏見だとか、性格の暗さだとか、へんなこだわりだとか、理屈はつけようと思えばつけられますが、そういうのではなくて、やっぱり感性の違いだと思うのです。
 脳波を取れば明らかなように、日本人は虫の音を音楽として聴き(右脳)、欧米人は雑音として聞きます(左脳)。あるいは、こうした生理的な違いも存在しているのかも知れません。

 私は基本的に、日本人だから、欧米人だから、といった心理的な壁はほとんどなく、みんなおんなじ人間や、と感じている一人ですし、個人差の方が大きいと思うのですが、それでも現実にそうした、意外と大きな差異というものも、体型や外見だけでなく、存在するのもまた事実です。

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コメント

起源と歴史

人生において途中で極端な進路変更を体験した私ですが(笑)、すごく実感できたことの一つが「立場が変わると、ものの見え方や考え方に変化がある」ということでした。

自分自身の精神的な起源(どう表現したらいいのかわからないですね、伝わりますか)が変わるわけではないけれど、そこで歴史の大きな転換があるわけで、やはり人間にとって「立ち位置の差」は大きいです。

ミゼット・プロレスに対する印象もさることながら、「人間も人種・国籍が変われば違う生き物」だということを、理想を掲げて目を伏せるのではなく、認めた上でどうすれば共存できるか考えるべきなのでは、というのが持論です。
要するに当事者でもないのに勝手に想像して同情したり嫌悪したりするなと。
#自分自身に明確な被害が降りかかる場合は別ですよ、宇宙船にキムチ持ち込みとか:-P

実際「見せ物小屋」的な施設は欧米諸国には多く存在して、ガリヨン兄弟やシャペル姉妹などのスターもいて、「障害を見て楽しむなんて!」という同情論だから穢れ信仰だかわかりませんが、それでは彼らはどうやって生きていけば良いのかと考えてしまいます。
実際彼らは自分たちを「不幸」だとは全く考えず、むしろ自分たちはとても幸せだと語っています。
日本人には穢れ信仰(人と違う境遇や不幸は伝染する)がありますから、余計に見えなくなるのでしょうが、彼らにも生活があり、テレビで毎日見かける芸能人と同じようにショービジネスで生きているだけの話だと思います。
にゃごにゃさんの「感性の違い」についてもまったく同意します。
「差違はある、同じではない」と言うことを理解した上で初めて、起源(まずは自分たちが人間であるという事実)に到達できるのではないかと……

すみません、徹夜明けで何書いてるのか自分でもわかんなくなってきました(がく。

(* ・。・)ノこんばんわぁ♪

(・"・?)ゞ エートォ
にゃごにゃさんの仰る意味はσ(・・*)アタシなりに理解し、また同意しているものと自覚していますが・・・・
個人的に、σ(・・*)アタシは
肉体的な特徴で笑いをとるというのが好きではありません。
芸人と呼ばれる人たちが、よく下着姿で飛んだり跳ねたり・・・・太っている人が脱いでみたり・・・・
(´-`ハァー もうやめてちょーだいって感じです。全く笑えません。
でも、太った人が「太った役」をするのはv(。・・。) オッケー♪
そういう意味で、小さい人が映画の中でカートに乗るのは、映画として必要なシーンならいいのかなと・・・
Σ(゚ロ゚;ハッ!? 同じことですかね。
(-_-;ウーン
とにかく、乙武さんが彼の才能をバリバリ発揮して取材などしているのはいいのですが、
もし、高いところにある物を取れなくて車椅子から転げるシーンで笑いをとろうとしたら、σ(・・*)アタシは結構怒りまくりかもしれません
(もっとも彼はそんな仕事のオファーは請けないでしょうけど)
(*-゛-)ウーン・・例がよくないですね。
障害は、「個性」
差別ではなく、区別は必要

すみません、σ(・・*)アタシも何が言いたいのかわからなくなってきました。
でも、にゃごにゃさんの今回の記事は
とても考えるところがあり
にゃごにゃさんの偉大な部分をまた見せていただいたような気がします♪

酔っぱらい来ました!

ここは一つフィリピンの話しでもしましょうか。

フィリピンのマニラにはホビットハウスというレストランがあります。
ここって結構その筋では有名なんですよ。
その理由は客席スタッフが全員、小人だからなんです。
彼らに云わせると人間にはいろいろな体型の人が居て、
太っている人、痩せている人、
背の高い人などが居るのと同じで、
自分達はただ「小さい人間」なんですって。

「来店の記念に自分達と写真を撮れば」
と誘ってくれますが、
私達が背を低くすると注意されます。
ありのままで写真を残したいんですって。
彼らはちゃんと結婚もしていて、
奥さんは「普通の身長」の人なんだそうです。
子供もいっぱい・・・フィリピンですからね。
再婚暦もいっぱい・・・・これもフィリピンですからね。
つまり普通の人なんです。

w(。・o・。)w オォ-

さすがJJさん (^・ェ・^)(^._.^)ウンウン つまりσ(・・*)アタシもそういう事が言いたかったわけです。
そういう意味で言うと、↑のにゃごにゃさんもKさんもJJさんも(rakuも?)同じ視点で同意と言えると思います。
で、更に、σ(・・*)アタシはそれを見て「笑う」というのはできない。。。
「普通の人」だから可笑しくないです。
「普通の人」だから下着を脱いで笑わせるのと同じなのかもしれませんが、個人的にそういう笑いは好きじゃないわけです。
それを見て笑える人は、それでいいかもしれませんけどね。それがつまり「感性の違い」ってことなのでしょうか
こういう話題をサクッと拾い上げてくださるにゃごにゃさんには本当に脱帽です。

ひさしぶりのにぎわい

おおー、kさん、rakuさん、JJさん、ありがとうございます。ここまで盛り上がるとは、思いませんでした。

rakuさんはにゃごにゃを買い被り過ぎですが(^^;;)。

実地

kさん

徹夜お疲れ様です。

やはり実際にヨーロッパで見て、肌で感じられるものは違うんでしょうね。
私なんか、しょせんちょっと英語ができて、それで臆面もなく日本人と同じ感覚で手当たり次第に外国人と会話して、あーだこーだ、いっしょだ違うといっているだけで、海外生活経験はありませんが、その場所で暮らして生の現地の人達の反応を見て、というのはインパクトあるでしょうね。

>> 実際彼らは自分たちを「不幸」だとは全く考えず、むしろ自分たちはとても幸せだと語っています。

ここは大切なところですよね。なにごとにせよ、価値観の押しつけほど慎まなければならないことはないと思います。
そうした本音も、さらっと聞けるような会話ができるようになるといいなあと思います。

時節柄、体調など崩されませんように。

特徴

rakuさん

いつもながら、rakuさんらしい、プロの立場の視点、勉強になります。

>> 障害は、「個性」
>> 差別ではなく、区別は必要

そうですよね。
それでも思いやりを差別意識と受け取られる場合もあり、むずかしいですね。
日本人は、そういう意味では、ややこしいことに深入りしたくない、という意識が、相手を理解したいという気持ちより勝りがちなのかも知れません。

ちなみに、小人症については、「著しい低身長であり、なおかつ本人(場合によっては家族)の希望があるか、もしくは重大な疾患を合併しているなど、治療対象となる場合に、初めて小人症という病名がつき、治療が必要な低身長として扱われる。」とあるんですよ。
つまりは、疾患があれば別ですが、背が低くても、それを本人が受け入れていれば、病気ではない、と。
なんとも微妙な話ですよね。

ともかく、どんな場合にも、相手に悪意や差別意識がない、と信じられる社会であれば、デリケートな問題で多少不快を感じても相手の誠意を信じてお互いに敬意をもって友好的に接することができるはずですが、言葉をまったく逆の目的で、美辞麗句で駆使する人も国も多いのが困りますね。

rakuさんの繊細さがほしいこのごろです。

無意識の価値観

JJさん

さすがにわかりやすいお話で、説得力満点ですね。
>> 私達が背を低くすると注意されます。
>> ありのままで写真を残したいんですって。
こういう自然体、というのがいいですね。私達はやはり、障害なりの「事実」から目を背けたりごまかそうとしたりしがちです。

>> 彼らはちゃんと結婚もしていて、
>> 奥さんは「普通の身長」の人なんだそうです。
そういわれて、やはり無意識に、「夫婦やカップルは、女性の方が背が高いのは不自然」というような意識が確固としてあることに気づきました。
私の場合、ちょっとシャラポアとは結婚できませんねー。これも一つの価値観ですね。相対的に海外のカップルや夫婦ではよく見られますが。

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