にゃごにゃ小学校

本家(HP)作製のネタ、あるいは記事にするには寸足らずな話を日記兼用でアップします。

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 ただれ、と読みます。昨日の朝、WOWOWでやっていたのを録って、阪神の勝利を見届けてから早速観ました。

 結論から言うと、インパクトのある部分もありますが、なんというかいまいち中途半端。なんもかんも。「不信のとき」と同じ田宮二郎と若尾文子の組合せなので、期待したんですが…。脚本が新藤兼人というところに問題ありかな。

 一番の弱点は、愛人改め後妻にすわった増子(若尾)の、姪っ子栄子(水谷八重子・2代目)が、あんまりに不細工なこと。いくら若いって言ったって、あの輝くように美しい若尾文子をさしおいて、あんな小娘にだれが手を出しますかって。顔が今風でない、というのとも違う。はっきりいってブスですよ。若さゆえの初々しさもないし、初めっからだらしない男女関係を好むタイプだし。家内も同意見でした。

 しかし、愛人がいると知って、おそろしい執念で浅井(田宮)に絡み付き、怨み、そして狂死する最初の妻の柳子(藤原礼子)のおどろおどろしさはすごい。はっきりいって、あの部分だけ切り取ってホラーにしてもおかしくないくらいの迫力です。怖い。

 タイトルからわかるように、男女の醜悪な絡み合いがテーマで、それぞれに、当時(1962年)としては信じられない不道徳な考えと行動をしますが、現代ではなんかもう、普通の人達の間でもそんな価値観が当り前になりつつあることに気づかされるのも恐ろしい。そのあたりが、パンチ力の不足を感じる理由だったとしたら、病んでいるのは現代日本ということになります。

 なお、田宮の役柄が「浅井」という名字だったのには、思わず喜んでしまいました。「不信のとき」と同じなので、増子が「浅井」と呼ぶと、そちらの映画を観ているような気分にさせてくれるからです。
 とりあえず、一度観るだけの価値はまあまあありました。

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