にゃごにゃ小学校

本家(HP)作製のネタ、あるいは記事にするには寸足らずな話を日記兼用でアップします。

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 ここ数週間、ある方面の技術書を数冊、集中的に読んでいる。そして、文章が下手な私がこんなことを言いたくはないが、一部の書籍にみられる「悪文」に悩まされ、ぼやきたい気分になっている。

 今取り組んでいるのは、ある有名な著作の日本語版。オリジナルの英語版でなく日本語版である理由は、会社の書棚に日本語版があり、英語版はない、というそれだけである。そして、残念なことに、この「良書」の日本語訳があまりよくない。

 ある程度英語のできる人なら経験した人も多いと思うが、技術や学術の文章は、多くの場合、和訳されたそれよりも、オリジナルの英語の方がわかりやすい。これは、英語がそれほど得意でない、つまり日本語に比較してハンディがある人でも、そう感じる。
 よく言われるのは、そもそも言語としての日本語は、英語に比べて論理的な表現や解説に向かないということ。要するに曖昧だったり、一つの文章が修飾などの関係で幾通りかに解釈されてしまうとかいうこと。
 私も以前はそうだと理解していたし、事実そういう点は存在する。だが、最近になって考えが変わりつつある。言われるほど英語が曖昧さをきっちり排除できる言語ではないし、逆に日本語の曖昧さをうまく排除することのできる表現や構文というのはあるのだ。
 また、多くの技術書、学術書には、それ以前の問題の『悪文』があまりに多い。

 例を示す。以下の文章を見てほしい。

「オブジェクトコンポジションの場合、実行時に合成する動作を変更することができるが…」

 後半の部分は、さらっと読んで行くと、「[実行時に合成する]動作を変更することができる」と読める。要するに、動作という言葉が、それは実行時に合成されるものです、と修飾されていることになる。
 しかし、前後の文脈からすると、どうも意味が通らない。おかしい。それで、何度か読み返してみて、ようやくわかった。この、「実行時に」というのは、「合成する」ではなく、「変更する」にかかっていたのである。
 つまり、書き直すとこうなる。

「オブジェクトコンポジションの場合、合成する動作を実行時に変更することができるが…」

 こう書けば、何の誤解も生じない。せめて、元の文の「実行時に」のあとに「、」をいれてくれていればもう少し読み取りやすかったのだが、その程度の工夫もない。自分の頭の中で理解できていれば、それを読んだ人がどう解釈するかということに頓着していない。
 ただ、この文の周辺にはおかしな、というかあきらかな誤訳というか、理解できずにベタで訳したな、と思える部分もあるので、訳者がちゃんと理解できていなかったか、居眠りしながら作業したか、あるいは機械翻訳した後修正するのを忘れたか、いずれかの可能性がある。

 それからもう一つ似たような例。

「Aは、Bというオブジェクトを生成するためのメソッドを定義します」

 これだと、オブジェクトの名前がBだと思うだろう。ところが、実はBというのはメソッドの名前なのだ。書き直すと下記のようになる。

「Aは、オブジェクトを生成するためのBというメソッドを定義します」

 これだけで読む側の労力はえらい違い。こうしたいい加減な文章のおかげで、何倍かのエネルギーと時間を消耗させられる箇所があまりに多いのだ。

 頭で思っていることを文章にするという作業は、本来むずかしいことなので、書いたままだと不正確であることが多い。私もそうだが、ブログやメールなどを書いたら、送信前に読み返してみるだろう。そして、意外なミスというか表現のまずさに気づくことは茶飯事である。
 それくらいのことは、仮りにも書籍、それも技術書を出すときにはやっていると思われるのだが、平均的なこれらの書物の文章の悪さはどうしたことだろう。
 特に翻訳の場合、作業が続くといい加減気力も萎えて来ることも理解できるが、しかしやる以上は、読者の立場でやってほしいものだと思う。でなければ、読者のための本でなく、著者の自己満足のための本になってしまう。自分のゼミで使う教科書代りならそれでもいいかもしれないが、不特定多数の読者向けでやられると、迷惑千万である。




コメント




技術書なら特に (kaier)
2006-02-02 22:54:34

いえ、日本語がおかしいということで/.出たたかれまくった経緯のある私が言えたことではありませんが、確かに技術書の日本語がおかしいばかりに、検証やテストが必要になったりというのは多いですね。
日本語は、ニュアンスと論理構造が分離せずに同居している言語らしく、ニュアンスで構造を伝えようとすることも多く、問題も発生しやすいとか。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4004305969/249-3877680-7761943
このあたりの本を読んでみるとけっこうおもしろいです。
マジメな本ですが、読むとなかなかエキサイティングです。

ところで、論理構造の明確な文章というのは、意外と文系の人間の方が得意であるように感じます。
スクリプトの本でも、日本語がおかしいばかりに「書いてあるとおりにやっているのに、値が取得できない!」というようなことが多くありました。
私には、そういう文章はむしろプログラマの方が得意であってしかるべきだと思うのですが……不思議です。



ヾヾ(*^▽^*)〃〃おはよございます (raku)
2006-02-03 06:30:12

(^・ェ・^)(^._.^)ウンウン 同感です
σ(・・*)アタシは難しい専門書とか技術書には全く縁遠いのですが
仕事関連で使う教科書や問題集の、「解説」にある長い文章を見て、泣けてくることがあります。
生徒が理解するための解説で、益々わけわかんなくなっちゃうわよ~!!という感じ(^^ゞ
それは英文和訳とは無関係な数学にでも見られる文章なので、
きっと日本人の日本語に問題があるんでしょうね。

と言いつつ、自分のブログやメールでは、まともな日本語も書けないわけですが・・・
(^^ゞ
いろいろありがと m(*^-^*)mございます



ぼやっきー (にゃごにゃ)
2006-02-03 07:58:28

あはは、愚痴記事に2件もコメントをいただけるとは思いませんでした。

kaierさん

>> 技術書の日本語がおかしいばかりに、検証やテストが必要になったりというのは多いですね。
徒労感が大きいですよね。

>> そういう文章はむしろプログラマの方が得意であってしかるべきだと思うのですが
きょうびは文系出身のプログラマも多いですが、よくないですね。まじめに勉強していた理系はさすがにちゃんと書ける人が多い。学生時代、さんざんレポートに泣かされていますからね。
ちゃんとドキュメントのレビューを行う職場では、経験あるプログラマほど文章はよくなりますよ。まともな文章を書けないと、SEはつとまりませんしね。



DNA? (にゃごにゃ)
2006-02-03 08:06:25

rakuさん

>> 「解説」にある長い文章を見て、泣けてくることがあります。
子供のときは、先生のもっている教科書には答えや、いっぱいネタが書いてあって、ずるいなあと思ってましたが(笑)、実際は先生もたいへんなんですね。
私がrakuさんなら、『こんなに変!教科書の指導要領の文章』なんてジャンルをつくって、ブログで晒してしまいそうです(笑)。

>> それは英文和訳とは無関係な数学にでも見られる文章なので、
>> きっと日本人の日本語に問題があるんでしょうね。
言語とそれをつかう民族というのは、相互に影響しているんでしょうね。日本語の特徴は日本人の特徴でもあるのかも。

ところで、rakuさんの文章は大好きですよ。いつも楽しみにしています。
ついでに補足させて下さい。ときどきブログで教師の悪口を書くことがありますが、rakuさんは別ですからね。くれぐれもよろしくお願いします m(__)m。



書く側としては (おかやま)
2006-02-07 19:21:45

いつもこの手の推敲作業が一番怖いんですよねー。世の中に出回ってしまってから、「しまった! やっちゃった!」なことが割とポロポロ出てきて落ち込みます。
気をつけてはいるんですがねえ……。



レベル (にゃごにゃ)
2006-02-07 20:35:25

いやあ、おかやまさんの言われるようなレベルの高い話ではなくて…。
例えば協調が強調になっているとか、同音異義語の変換ミスとか、そういうのは見てもすぐわかるから大した問題ではないんですし、それ以外についても「ミス」ってわりと読む側から見ると苦にならないんですよね。
でも文章の表現力や構文の問題になるとたちが悪い。
はあああ~、でも今日も技術書に取り組んでます。

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