にゃごにゃ小学校

本家(HP)作製のネタ、あるいは記事にするには寸足らずな話を日記兼用でアップします。

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 昨日の記事、なんかgooブログのフィルターにひっかかってる感じです。
 アップするときは、いつも更新一覧に出てくるかチェックしてますが、昨日の記事は、アップ完了までにやけに時間がかかった上、とうとう更新一覧に現れませんでした。

 のみならず、キーワードを「自殺」にして検索しても、ひっかかりません。中身を見てから排除してよ、と言いたい気もしますが、機械のすることですからね、しかたないでしょう。ブログが自殺サイト化するよりはずっとましです。
 この記事のように、題名にその文字を含んでいない場合はどうなんでしょうか。

 ずっと以前も、実は自殺に関して記事を作成して、実際にアップしたのですが、そのときも同じ様な現象が見られました。まあ、そんなことはどうでもいいのですが、そのときはもう少し突っ込んだことを、ある程度シリーズでまとめようと思っていたのですが、ネット上で調べているうちに、一部の自殺志願者の心の闇に触れる機会があり、そのあまりの深遠さに、思わず身を引いてしまいました。
 ミイラ取がミイラになる、という言葉がありますが、暗示を受けやすいタイプの人なら、正常な状態の人でも引き込まれかねない、独特の波動がありました。例えて言えば、ダースヴェーダーの放つ「暗黒面のフォース」みたいな感じ。友達の女子生徒が、「つきあい自殺」してしまう、という、一見まったく合理性のない事件も、あながち理解できない状況ではない気がします。
 それで、そのときは最初の記事も削除してしまいました。
 正直、なまはんかな気持ちで足を突っ込むようなテーマではありません。

 ただ、自分には自殺は無縁、と考えている人も、いつ志願者とかかわるかはわかりませんし、またそうしたとき覚えておいた方がいいことがあるのも確かです。
 例えば、鬱(うつ)の人は、決して励ましてはならない、ということくらいは、誰でも知っておいた方がいいでしょう。多くの人にとっては常識かも知れませんが、知らない一部の人が安易に「がんばれ」と言ってしまい、それが一層その人を追い込み、場合によっては自殺を招くことすらあるのですから、知らない、ではすまないことになります。

 で、自殺志願の人にしてはいけないこと、言葉でもこのブログのような記事でもそうですが、いくつかあるうちのもっともタブーなのは、自殺の方法だけを語ること、だそうです。これは、かなり強力なモチベーションを与えてしまうことが、とても多いのだそうです。
 逆に言うと、志願者と言葉を交わす場合、そういう関連の話は口に出さないことが無難です。
 以前、ある映画の感想の記事を書いているとき、その方法にまつわる興味深い事実に気づいたのですが、「これは書くとまずいなあ」と思い、パスしたことがあります。結果的に、そのときの直観は正解だったわけです。
 このことはとりあえず、覚えておきましょう。

 ある人の著書で、自殺志願者には、家畜の屠殺場を見せるといい、というのがありました。
 牛は、黙って、おとなしく悲しそうな目をするだけだそうです。いっぽうブタは、空気を察して激しく鳴きながらパニックになって走り回る。そのうちの一頭が、外に頭を突き出すので、そこをガツン、と一発やる、とありました。それを繰り返すそうです。

 また、自殺は、自分で実行する直前までは自分の意志だが、いったん実行したらあとはただ、死を運命づけられた人間に過ぎない、ともありましたね。例えば、飛び降りなら、飛び降りた瞬間、もう自殺ではなく、死を運命づけられた人間に過ぎない。なぜなら自分で戻ることはできないのだから。
 私の母の弟(つまり私の叔父)は、私が生まれるずっと前に、服毒自殺しました。母はときどき思い出したように、「弟は、薬を飲んだ瞬間、しまった、と思わなかっただろうか。だとすれば、こんな残酷なことはない。それが気がかりだ」と言っています。



コメント



酔っぱらい来ました! (JJ)
2005-12-08 20:56:03

前回、社会の底辺さんと二人で盛り上がっていたのに、
ブログのなんたらに引っ掛かっちゃったんですか?

動物は死期を感じると群れから離れることはあっても、
自殺をしたなんて聞いたことがないですね。
人間は考えるアシであるからにして、
自殺したくなるのでしょう。
九死に一生を得た人や癌などで死期の告知をされた人などに、
自殺なんていう話をすると、すごく怒られちゃいますよ。
一種、平和だから前回のお話のように、
なんとなく死にたくなっちゃったりするのでしょう。
JJも同じです。
でもしない人の方が圧倒的に多いんですね。
それぞれが誰かに対して責任を持っていますから。

さて、そろそろ老人になるJJから一言。
死ぬほど悩んでいることでも、
数年後・数十年後に振り返って思い出すと、
たいして重大なことではなかった、
っていう経験をしたことありませんか?
でも失恋をして自殺をしたら、それで終わり。
将来もっとすごい恋愛の可能性があっても、そこでおしまい。
失業・倒産・自己破産。
その方の先祖に何人同じような人が居たのでしょう。
でも何千年も繋がっていたから、家系があってその方が存在しています。
自殺をしたらその何千年もの歴史も、
同じような苦労をされた先祖の努力も、おしまい。

日本人は自由だから自殺も出来るんです。
自由のない国の人は自殺も許されない。
そういう人だって、家族が罰せられるという責任を持っていますからね。



渦中の理性 (にゃごにゃ)
2005-12-09 12:35:55

>> ブログのなんたらに引っ掛かっちゃったんですか?
確証はないんですけどね。
実は前に消した記事のときも、suicideというタイトルにしたところ、アップしてもリストに上がってこないんです。
それでしつこく消したりアップしたりを繰り返したんですが、まったくだめ。

で、翌日、アクセスIPがすごく増えてました。
ほかのブログサーバにも更新情報を送る設定にしていたの、忘れてたんですね。
そっちでは出ていたらしく、それを見た人がアクセスしてくれたらしい。
せっかくアクセスしてくれたのに、記事が消えてしまった、という目にあった人がたくさんいたのだと思います。
申し訳ない…(^^;;)。

>> 九死に一生を得た人や癌などで死期の告知をされた人などに、
>> 自殺なんていう話をすると、すごく怒られちゃいますよ。
なるほど。自殺できる人は、生きていることの価値を見失っているんですね。
逆に、癌を告知されて自殺する人もたまにありますね。

>> でも失恋をして自殺をしたら、それで終わり。
>> 将来もっとすごい恋愛の可能性があっても、そこでおしまい。
そうですよね。
人によって違うのでしょうが、今の苦しさから逃げることに急なのでしょうね。
生きるのに精一杯の発展途上国では自殺はあまりないといいますし。

>> 日本人は自由だから自殺も出来るんです。
>> 自由のない国の人は自殺も許されない。
>> そういう人だって、家族が罰せられるという責任を持っていますからね。
そう考えると、精神的な病気は別にして、自殺をしようと思う人というのは、自分がどのくらい恵まれた部分があるかも
見失っているんでしょうね。

たぶん、生まれてからずーっとすごく不幸で、大人になってもがんばって、それでも不幸で、とうとう力尽きて自殺する、
なんて人はいないのでしょう。
それまでそこそこ幸せで、たまたま不幸だったり自分が辛いと思ったりする境遇におかれたとき、それまで経験しない種類の
辛さなので、ものすごく大変なことに思えて自殺を考えるとか。
まあもともと、ネガティブな性格で、きっかけがあればいつか自殺したい、という自殺志向の人もいるでしょうけど。

視野が狭い、自分のことしか見えない、人生経験が不足している、は共通しているかも知れません。



おお、gooフィルター (社会の底辺)
2005-12-29 22:13:28

実は今日、中国の諜報官に在上海職員が自殺に追い込まれた事件の記事をちょっと書いてみたんですが、
見事にgooの新着には反映されませんでした

管理する側としては敏感なところなんでしょうね。



引っ越そうかなあ (にゃごにゃ)
2005-12-31 17:13:17

>> 見事にgooの新着には反映されませんでした
たまに単にシステムがおいついてないだけのこともあるようですが、いろいろフィルターされているのは間違いないようですね。

うー、うっとおしい。gooのブログ、引っ越そうかなあ。

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