にゃごにゃ小学校

本家(HP)作製のネタ、あるいは記事にするには寸足らずな話を日記兼用でアップします。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 もともと普通の日本語であった「いぎたない」、という言葉をどのくらいの人が知っているだろうか。
 漢字で書くと「寝穢い」で、要するに、寝坊だとかねむたがりやということだが、字があらわすように、しゃきっと起きない、あるいはだらだらと惰眠を貪る人のみっともなさに対する、強い非難の言葉が含まれているように思う。

 寝起きのいい人と悪い人があるのは事実だ。いぎたない、という言葉を編みだした人は寝起きのいい人で、身近にいる寝起きの悪い人に対して非常な苛立ちを覚えた末にこういう言葉を作ったのではないかと思うが、現実問題として、自分できっちり起きられないというのは、それができる人にとってはかなりだらしなく見えるものだ。

 私は若い頃、いやおうなく叩き起こされ、しかもいきなり戦場のような状況に追い込まれる環境で何年も過ごしたので、寝起きは非常にいい。トランジスタラジオ、というのはまだ真空管ラジオのあった時代に通用する表現かも知れないが、ともかく、スイッチ入れるとすぐ音が出る、そういうタイプの人間である。
 一方、私の妻はというと、これはもう非常に寝起きが悪い。「起きられない」「寝過ごす」ことで私が迷惑を被ることはしょっちゅう起きる。そのため朝食抜きで出勤する羽目になることも、少なくない。いぎたないという言葉を作った人の気持ちがよくわかる立場にある。

 ただ、成人した今となっては、なかなか変えられないのだろうな、ということも理解できる。半ば体質化しているのである。いぎたないなあ、と口にする人が思うほど、単に意志が弱いだけではない状況なのだろう。

 これはおそらく、ここにきてしまうまでの躾の問題もたぶんにあるように思う。私の実家は、けっこう躾が厳しかった。朝、起きなければならないとき、母はこう宣言する。「一回起こして起きなかったら知らないからね。」こういういい方は、B型らしい。わが家は五人家族、みなB型だった。
 なにがなんでも起きなければならない、そうでないと他人に多大な迷惑をかける、というような場合、そしてなんらかの理由で就寝前に寝坊が予想されるくらい疲れているときは、「これこれだから、絶対に起きるまで起こして」と言えば、それに応じてくれないほど冷たくはない。
 しかし、それは特殊な場合で、通常は「起きなさ~い」と呼んで、「はい」とか「うん」「わかった」とか、なんらかの反応を示せば、あとはそれきりである。2回目はない。起きない方が悪い。泣こうがわめこうが、自己責任である。
 後で文句を言ったところで、「そもそも起こしてもらえること自体ありがたいと思いなさい」である。いわれてみればそれは事実で、母はそれがどんな早朝でも、頼めばその時間に起こしてくれるのである。ということは、その時間に自力で起きるし、そして必要ならば朝食も用意してくれる。こうした事実に私は、「おとな」を感じたし、それだけにいぎたない成人をよけいにいぎたないと感じるのかも知れない。

 私は、冷たいように見えるこのやりかたは、実のところ、非常に愛に満ちていると思う。一度は痛い目を見るが、それが痛ければ痛いほど、自分に対するシビアさ、起きなければならないときは起きろ、と自分に自分で命令する気構えができるからである。これは、その後の何十年という人生の、貴重な財産となる。

 批判する気はないが、妻の実家は違っていた。まだ親と同居しているその弟妹が、仕事のために起きなければならないとき、とにかく起きるまで何度も何度も何度も起こすのである。口では「いい加減にしろ」といいながら、突き放すことはしない。また、もしそれをすれば、起こしてもらえなかった方も、きっと起こさなかった親をなじるのだろう。でも、それがほんとうの愛なのかな、私はそう思う。甘えを甘えとも気付かない大人になるのではないかと思うのだ。

 ところで、最近妻は、朝4時に起きている。少なくとも、そのように努めている。
 本人が言うには、いままでの6時というのは、眠りの周期で一番眠いときだと気付いたのだという。前に早朝ドライブのため4時に起きたら、驚くほどすっきり起きることができた。だから、これからは毎日4時に起きる、というのである。
 感心することには、寝過ごすこともあるが、けっこうがんばって起きていることである。4時が5時になることもあるが、それでも以前のように寝過ごすことは少なくなった(なくなってはいないが)。それに、朝が早く、思い切って起きると、1日の充実感がまったく違う、ともいっている。それは素晴らしい発見だと思う。
 長年身についてきた習慣を、こうして乗り越えようとするその姿勢と努力には称賛を惜しまないところだ。また、自分は寝起きが悪いのだ、とか、低血圧(その事実はないが)なんだ、とかいって、開きなおらずに努力してみるところに、いとおしさも感じる。

 ともあれ、人生の1/4~1/3は睡眠、そしてさらに、その質と起き方は、残りの3/4~2/3の質にも、大きな影響を与えるのである。親は子の躾を、起きられない大人は自分の寝起きを、もう一度考えてみてはどうかと思う。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

Name
Title
E-mail
URL
Comment
Password
※入力しないと編集・削除ができません
 管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL

http://questkpax.blog51.fc2.com/tb.php/33-9ca926a2

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。