にゃごにゃ小学校

本家(HP)作製のネタ、あるいは記事にするには寸足らずな話を日記兼用でアップします。

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 NHKのプロジェクトXには感動させられることが多い。そのことについては、あちこちでさまざまに語られていると思うので、ここでは触れない。ただ、やや古い話になるが、今年9月7日に放映された「ラスト ファイト 名車よ 永遠なれ」には、まったく別の意味で感動させられた。

 この記事のタイトルでいう「異色の」、というのは、実は番組そのもののことではない。実のところ、この回のテーマと、ほぼ一ヶ月後、10/5に放映された「地上最強のマシーン F1への激闘」は、どちらも日本の自動車メーカーが、いろいろなハンディの中、欧州のトップメーカーのレーシングカーを相手に挑んでいき、勝利を収める、という点で、紛らわしいほど似ている。
 では、どこが異色なのか。それは、『ドラマ』の主人公たちである。

 プロジェクトXで取り上げられてきたストーリーは、ほとんどが10年以上前のものだ。したがって、当事者も多くは現役を退いたか、すでに亡くなっている人である。
 彼らにとって番組の対象となった開発物語は、自分達の人生そのものであり、苦難の旅であり、そして金字塔なのである。それを、多分に脚色もあるだろうが、NHKの得意なドキュメンタリー形式でまとめられれば、当然のことながら感きわまるだろう。第三者である視聴者が、ともすれば涙してしまうほどの感動的な話である。スタジオに呼ばれた彼らが眼をうるませても、それはごく自然なことであり、私自身、その気持はよくわかるし、「これこそ輝かしい価値ある人生、困難に立ち向かい乗り越えた人達の勲章」、という感覚で受け止めていた。
 ところが、上記の番組の主役たちは、まったく違った。彼らにとって、華々しく取り上げられたその「成功」は、あくまで過去の足跡にしか過ぎなかった。

 一番の違いは、スタジオに呼ばれた彼らが、感きわまって見せる涙の代わりに、非常にさわやかで執着のない笑顔を見せたことである。
 たとえその功績がどんなに称賛に値することでも、それはあくまで過去のことに過ぎない。苦しい中、仲間との協力でみごと築き上げたその記念碑も、自分達の心の支えやかけがえのない誇りではなく、あくまで通過点である。そうした気持を笑顔の中に見せ、そして、隠居と呼ばれて不思議ではない年齢の今でも、過去ではなく今を生きているということをはっきり示してくれた。

 彼らの姿は、私には衝撃だった。これが「生きる」ということなのか。そして、なにより彼らは、とてつもなく明るかった。
 それを証明するように、いまでも彼らは齢70の半ばにして、技術者として、環境にやさしいエンジンという、番組で取り上げた彼らの「戦果」とはまったく違うといっていい、しかし最先端の分野で、世界のために開発に取り組んでいるのである。

 人間は、過去に生きるようになってはならない。死ぬまで今に生きなければならない。死ぬまで過去によりかかることなく、学び続けなければならない。
 そのことを教えてくれる、新鮮でかけがえのない感動を与えてくれた一本であった。


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