にゃごにゃ小学校

本家(HP)作製のネタ、あるいは記事にするには寸足らずな話を日記兼用でアップします。

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 前に、とっさの行動力が発揮できるように気を付けているという記事を書きました。それで、おほめのコメントなんかをいただいたのですが、私としてはとてもほめていただけるような人間ではなく、そもそもそのように努めている、ということは、そうしないとできないダメなやつだからです。
 世の中には、なにもそのような努力をしなくても、即座に一番いいと思える行動をとれる(少なくともそのように見える)立派な人もいます。その人たちのそうした美点が、持って生まれたものなのか、それとも過去に努力してきたからそうなったのかはケースバイケースだと思いますが、いずれにしても私にはまだまだできません。
 少なくとも、ふだんから努力をして、肝心のときそれが当り前のようにできる人間になりたいと思っています。

 実は、そうした行動について、苦い思い出がいくつかあり、それが今の努力の原動力になっている部分があります。

 まず思い出すのが、二十代半ばだった頃のこと。

 会社への長い地下街を通っての、出社の途上にあった私は、行く手の彼方に、忙しそうに行き交う人々の真ん中でたちすくみ、奇妙な行動をとっている人を目にしました。『何だろう』と思って進んでいくうち、それは、白い杖を手にした、おそらくはマッサージを仕事にしていると思われるいでたちの、初老の、目の不自由な男性だとわかりました。
 彼は、ちょうど通路の中央で、私の方向に向かって立ち止まり、そして一見異様と思える行動をとっていました。白い杖を、カチカチと固い床に繰り返し速く強く叩きつけながら、大きな声で、「すみませんっ、すみませんっ」と叫んでいるのです。

 その異様な様子に、通りすがりの人々はみな、避けるように両脇をすり抜けていきます。実際、ちょっとおかしいのでは、と一瞬思ってしまうような行動、音、声で、急に手にした杖を振り回し出してもおかしくないような感じすら受けました。

 私も、ほかの人たちと同じように、ちょっと気持ち悪いな、と思いながらよけるように通り過ぎました。が、しばらくして、はっとしました。彼は、おそらく、なんらかの理由で、助けを必要としていたのだと気付いたのです。
 単に慣れないところを歩いていて道に迷ったかも知れないし、例えばだれかとぶつかってしまい、自分がそれまでと同じ方向に向いているのかどうかわからなくなったのかも知れない。あるいは、なにか大切なものを落としてしまい、それがどこにあるかわからない。こんな時代だからかばんをひったくられたかもしれないし、もしかしたら、お腹が痛くてすぐトイレに駆け込みたい状況だったかも知れない。

 まだ、とって返せば助けられる距離にいましたが、しかし入社間もない私は、そうすると遅刻してしまい、まずいことになります。悔しいことに、引返すことはできませんでした。
 内心、ああいう行動だとみんな近付きがたいのに、と思いつつも、それだけパニックになっているのだろう、忙しげに行き交う足音ばかりのところに、目の見えないまま投げ出され、どんなに不安だろう、とたまらない気持ちになりました。
 だれか、勇気のある人が助けて上げてほしい、心からそう祈るとともに、自分がその行動をとれなかったことが、悲しくて仕方ありませんでした。耳の奥に、いつまでもあの不安な杖の音と助けを呼ぶ声が響いていました。
 こんなひどいやつはいない。私は、思い出しては自分を責めずにはいられませんでした…。

 長くなって来ましたので、続きは日を改めて書くことにします。

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