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にゃごにゃ小学校

本家(HP)作製のネタ、あるいは記事にするには寸足らずな話を日記兼用でアップします。

 別に空白を埋めようと思ったわけではないんだけれども、今日は二つ続けて、くそ面白くもない記事を書いてしまった。
 まったく、時間の無駄である。いや、私の、ではなくて、わざわざ来て読んでくれた方の。まさか最後までは読んでいないだろうことを祈っている。

 だらだらと長く書いて、読み返してみてつまらんからと捨ててしまう思いきりもない。迷惑きわまりないよねえ。



コメント



全部読みました☆彡 (R)
2005-07-19 17:49:27

先輩が言ってました。
『ブログは自己満足』
これくらいの気持ちで良いと思います♪
でも、レスキュー作業はかっこいいなぁと思いました。
私もいつか誰かの役に立つ一人前のエンジニアになりたいです。

熱中症も恐いですが、日焼けにも気を付けてくださいね。
男性も肌がきれいな方が良いですし、皮膚ガンとかも恐いですよ(>_



ありがとう…(;_;) (にゃごにゃ)
2005-07-19 17:53:53

天使のようなRさん、ありがとう。感激。
うれしい…。

客観的に見ると、だけど、尋常じゃない忍耐力ですね。
すばらしいというか、なんというか。

>> 男性も肌がきれいな方が良いですし、皮膚ガンとかも恐いですよ(>_
Rさん、肌きれいすぎ!ですもんね。きめこまかいし。
嫌われない程度にケアします(^O^)

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 土曜日の昼前、少し日が翳るのを見計らって、ランニングを開始した。健康のためのランニングだから、わざわざ暑い盛りに走ることもないのだが、午後からは用事があったし、梅雨などの影響もあってここのところ週末、あまり走れていなかったのだ。間が開くほど次のランニングがしんどくなるので、できるだけ機会を逃したくない。

 そんな思いを知ってか知らずか、走り出してまもなく、薄くかかっていた雲は流れてしまい、梅雨明けを思わせる強烈な夏の陽射しが注ぎ始めた。最近の運動不足ぶりにしては、思ったほど辛くはないが、それでも体は重い。厳しい陽射しと暑さのわりに、汗が出ず、足もだるいので、少し距離を縮めようかと思った。そうだな、そうしよう、と思い、近道となる畔道へ折れようとしたとき、農家のおばさん二人が、狭い道を塞いで話し込んでいるのが見えた。
 この道、いちおう公道だと思うのだが、自動車の通行は禁止されているところで、なんとなく人の庭先を通るような気持ちになるような民家の間の道である。話し込む二人のじゃまをするのも気がひける。まあ、いいや、とそのまま直進して、いつものフルコースを辿ることにした。距離が延びた分、早く終わりたいのでペースを上げた。

 やっぱりしんどいな、と思いつつも、終盤の、公園の木陰にたどり着いたときは、いつものコンディションだった。整理運動をして、筋肉をほぐす。そして、最後の坂道ダッシュにかかる。
 このとき、初めて違和感を覚えた。吐き気がしたのである。運動して吐き気がするというのは久しぶりである。
 ダッシュ後、ジョギングに移行して、駐車場までたどり着いたら整理運動である。今日は、ものすごく汗が出て、体が火照ってしかたない。鏡に映った真っ赤な顔に、「そこまで暑いかな」と自分でツッコミをいれつつ、とりあえずオレンジジュースを一杯飲んでからシャワーへ。午後から出かけなければならないので、汗が引くよう、水を浴びる。ところが、いくら水を浴びても全然火照りが引かない。体の芯が炭火にでもなったような感じだ。
 だいぶ長い間、水で体を冷やして出たが、やはり顔が真っ赤。熱いからだがたまらず、エアコンでがんがん冷やすと、少し楽になった。「このまま出かけずにこの涼しい部屋にいたいな」と本気で思う。

 家を出る頃、体がだるくなって来た。それにもまして、胃の具合がおかしい。痛い。
 西神戸に向かう高速道路で、いよいよ猛烈にお腹が痛くなる。これはやばいっ。妻が心配そうに見る中、文字どおり冷汗をかきつつ、最寄りのパーキングに向け飛ばす。わずか6キロが苦しくて長い。気がつくと、トンネルの中で時速140キロ。やばい。事故ったらトイレにもいけなくなる。
 で、なんとかトイレに駆け込んだが、夜中までずっと体調はよくなかった。

 結論は、タイトルにあるように、熱中症寸前の状態だったのだと思う。真夏のスポーツで、多少火照りが続くことがあっても、こんな経験は初めて。
 う~ん、考えたくないけど、やはり年齢の問題もあるのかなあ。健康のための運動でダウンしてしまうようなことだけはないように、気をつけます。

 パソコンのこと、というただし書きは、人命レスキューに興味のある人をがっかりさせないためです。

 木曜日から金曜日にかけて、ここ最近では記憶にないほど手間のかかるパソコンデータのレスキュー作業を行いました。これは、その記録です。

【ことのおこり】

 木曜日、仕事をしていると父からメールが入りました。「パソコンが立ち上がらない」。Windowsを使い、原稿の執筆やHPの頻繁な更新、メールでの質疑応答などを行うヘビーユーザーの父からは、こうしたパソコンのトラブルがよく持ち込まれるのです。
 状況を聞くと、起動の途中でエラーが発生してなにやらチェックしているが、途中でリブートしてしまう。それを何度やっても繰り返す、ということです。

 けっこう急ぎらしく、その日の夕方に芦屋の自宅からわざわざ一時間かかるうち(というかセカンドハウスにしている、うちのマンションの隣の部屋)まで来る、というので、私も早めに会社を出ました。

 さて、早速父のノートパソコンを見てみました。ウィルスに感染していたり、設定がおかしくなっていたり、と、概ねいつもWindowsの品質の悪さが原因のソフト的要因であるので、今回も甘く見ていたのですが、実際に見てみると、生易しいものではないことがわかりました。かなりの確率で、ハード的な障害です。

【データのバックアップとディスク交換、リカバリ】

 父が言うには、とりあえず、執筆中の原稿だけ助かればいい、ということでしたので、LinuxのブータブルCDを使って、それらのファイルをバックアップしました。
 ハードディクスの障害であるのはほぼ確実でしたので、たまたま私のモバイル用に購入したものの使えなかったため余っていた2.5インチHDDと入れ換え、リカバリディスクでリカバリし、バックアップデータを書き戻しました。その後、問題なくWinXPも起動しました。

【固まる父】

 これでOK、簡単なもの、と父に渡します。喜ぶ顔が見られるかと思いきや、しばらく触っていた父の表情が固まっていきます。「バックアップの必要なものは原稿のファイルだけ」ということを念押しして始めたリカバリであったのですが、実はメールやらHPのデータやら、最新のデータのうちで必要なものがけっこうあったらしいのです。
 よく考えずに返事したのか、いつもトラブルがあってもかなり原状に近い形で私が復旧するので、その程度には戻ると勘違いしていたのか、「ほかのPCのデータやバックアップを集めれば何とか…」という言葉も虚ろ。
 これは、やはりなんとしてでも環境ごと復旧するしかないと理解した私は、酒を飲むのを打ちきりにして、性根を入れ直してリカバリ作業に着手しました。

【症状と難航するバックアップ作業】

 幸いにして、今回は元のHDDは、交換したためクリアせずに残っています。このディスクに対してリカバリを行っていたらもう二度と復旧の手段はなかったので、不幸中の幸いでした。
 再度このディスクをノートPCにつけ戻して、まずパーティションごとのバックアップをトライ。しかし、異常に時間がかかるだけで、とうとうエラーが発生して中断。この時点ですでに夜中の3時。少しだけ睡眠を取り、金曜日の出勤は断念して、作業継続。
 LinuxブータブルCDでの作業で明らかになったのは、やはりハードディスクの障害。個々の障害の範囲はそれほど大きくないものの、あちこちでバッドブロックが発生するのです。通常の手段でのバックアップは不可能であることを認めざるを得ませんでした。

【あきれるほどに手間のかかる救出作業の開始】

 USB接続できる外付けの大型HDDはありましたが、ノートPC上での作業が非常に効率の悪いことは明らかでした。そこで、デスクトップ機に、2.5インチHDD→3.5インチHDD変換ケースを使って直接接続して作業を継続。
 方針としては、バッドブロックを避けて読みだしセーブ、バッドブロックの箇所だけはリストアしないように、元のレイアウトを維持したまま、新しいディスクに書き戻す、という、シュレッダーにかけた書類をテープで貼って回復するような手間のかかる作業となります。はっきり言って、これだけの手間をかけてやってくれる業者はどこにもいないかもしれないし、いたとしても新品のパソコン2~3台、もしかしたら十数台くらいは即買えるくらいの料金を取られるでしょう。

 最初、バッドブロックの一覧をコマンドbadblocksで取ろうとしました。しかし、いかんせん、バッドブロックの数が多過ぎて、コマンドに任せ切りにしていては一向に処理が進みません。とうてい一日や二日で終わりそうもない状況です。
 そこで、ddコマンドで元ディスクのデータを取り出しつつ、syslogをモニタして、エラー発生時のbadblockの位置を確認することにしました。そして、エラーが出始めたらすぐ強制終了し、そこからどこまでbadblockが続くのかも新たに打ったddコマンドなどで確認し、出なくなるところからまたデータ取り出しを進める、という作業となりました。
 バックアップ先のディクスが、USBでなく同じ内蔵IDE接続のHDDであるので、その分速度はうんと上がりますが、badblockを検出して、強制終了をかけたコマンドが実際に止まってくれるまでの時間は数分から十数分、そのbadblockの発生箇所も広い範囲にわたって半端な数ではないので、ほんとに手間のかかる作業です。

【書き戻し】

 書き戻しもddコマンドです。読み出すとき、badblockを避けて、skipとcountオプションで正常な範囲のデータのみを取り出します。そして、その取り出したデータを書き戻すときは、seekオプションで書き込み先のHDDの位置を指定してやります。
 結局のところ、badblockエラーの出るブロック群のデータは損なわれるわけで、それではちゃんとレスキューできないのでは、と思われるかも知れませんが、全体のサイズからすると数が多いだけでbadblockのトータルサイズはパーセント以下しかありません。しかもそのすべての範囲が使用領域であったわけではないので、結局ある程度のデータのロスやデータ化けは発生するでしょうが、致命的なものではないのです。幸い、スーパーブロックやファイルシステムのテーブル領域にはエラーはなく、データベースなどのクリティカルなデータでない、通常のパソコンとしてデータですから、まあまあ無視できる範囲の不一致と言えるでしょう。

【無事、レスキュー完了】

 ほぼ24時間をかけて取り組んだレスキュー作業も、なんとか完了しました。
 最後の難関は、そうして復旧したHDDをパソコンに接続して、ちゃんとOSが起動し、データやプログラムにアクセスができるか、ということです。寝不足の頭で膨大な作業をした後だしミスもあるかも知れず、もしうまくいかなければ、会社を休んでまで不眠で行った作業はなんだったんだ、ということになります。それにもまして、父は窮地に陥ります。
 しかし、神は見捨てませんでした。
 無事立ち上がったマシンは、ほとんど前と変わらない環境で、問題なく使用できたのでした。出版を間近に控えた父は、原稿のほか、出版に関連してやりとりした数多くの人達との大量の打ち合わせメールが復旧でき、ぎりぎり〆切に間に合う、と胸をなでおろしたのでした。

 実は、今回は上記の、元ディスクを上書きしないでいた、ということのほか、もう一つの幸運がありました。
 元のディスクが60Gだったのですが、交換したディスクが40Gしかなかったのです。しかし、元のディスクは40Gだけ利用するように私がパーティションを切り直し、残りの20GはLinuxを追加インストールできるように空けていたのです。
 もし、元のパーティションが40Gを超えるような切り方をしていたとしたら、今回の手段で復旧させるには、新しいディスクも40Gを超えるものを準備しなければなりませんでした。そうなら出費もかさんでいたし、時間的にもさらに一日かかったでしょう。
 そのうちに父にもLinuxを使ってもらい、Windowsの束縛を離れて幸せになってもらおうという配慮をしていたことが、思わぬ形で生きたのです。

 今回の事件、結局のところ、父に人徳があったんでしょうね。日頃の行いがいいのだと思わされる一件でした。
 もちろん、自分のスキルで、難しい局面の父を助ける機会が得られたのは、私にとってもとてもうれしいことであったのは言うまでもありません。