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にゃごにゃ小学校

本家(HP)作製のネタ、あるいは記事にするには寸足らずな話を日記兼用でアップします。

 下記の記事の続きです。むちゃくちゃ長文になってしまいましたが、あまり分割するのもきりがないので、仕上げました。



 いまのようにきれいになる前の、泉の広場。当時、中央の噴水のところは、ほぼフロアと同じ高さから掘り下げた池になっていました。
 あの苦い思い出のときからどれくらいたったか、あるとき、出勤でその噴水広場にむかって歩いていると、朝の薄暗い照明の中、なんとなくぎこちない様子で、噴水池にむかってゆっくり歩いている人が見えます。よくみると、ずっと以前のあの人とは違うようですが、やはり白い杖をついた男性です。

 今度は、すぐに状況が分りました。その目の不自由な人は、どうしたわけか、池にむかって歩いているのです。ただ、池までにはまだ数メートルあり、またその人がほんとに池の存在を知らないのか、知っていてそのコースを歩いているのか、わかりません。それと、注意喚起しようにも、まだ、かなり大声で叫ばないと声も届かない距離です。
 このときも私は、「万一」の危険を回避するための行動をとる勇気がありませんでした。勘違いでもいいから、大声で「あぶない、動かないで」と叫んで駈け寄ることが出来なかったのです。
 そうこうしているうちに、その男性はどんどん池に近づき、周りにいた人達も気づいてはっと息を飲みました。
 このままでは転落してしまう!!そう思った瞬間、彼の白い杖は池の上で空を切り、バランスをくずしたものの、何とか踏みとどまり、ことなきを得ました。私は文字通り、冷や汗をかきました。

 最近になって知ったことですが、毎年、駅のホームで転落する目の不自由な人達はかなりの数にのぼるそうです。健常者でも転落すれば怪我をしかねない高さですから、電車が来ていなくても非常に危険なのはいうまでもありません。
 一方で、私たちはついつい、目が不自由でもその人なりに毎日外出し歩いて慣れているだろうから、そんな危険なことには滅多にならないだろう、と思ってしまいます。そして、あぶないな、と思っても見過ごしてしまい、あっと思ったときには手遅れになってしまっている、ということが起きてしまうのだと思います。

 勘違いして的外れな行動を取ってしまうことが恥しい、そんな思いが、必要な行動にブレーキをかけてしまいます。そんなささいなことでも、自分を守ってしまおうという思いが働いてしまいます。
 しかし、自分が取るべき行動を取らなかった結果、取り返しのつかない状況になってしまうと、大きな悔いを残します。それに、もし実際に勘違いであったとしても、それをみて「あほなやつや」と笑う人などはまずいないでしょう。いわゆる自意識過剰です。むしろ、状況は誰でも理解できますから、勇気のある人だ、と内心拍手する人の方が多いでしょう。

 後日ですが、そのことを実感する体験をしました。
 あるとき、同僚とふたりで出先から帰社している途中、かなりの歳で、足もともおぼつかないくらいの男性が、私に声をかけて来ました。「大阪駅はどちらですか?」
 私たち自身、その方向から歩いて来たので、さしたる距離ではないのですが、駅までは数百メートルあり、そのおじいさんの足どりを見ると、かなりかかりそうでした。それに、その場所から大阪駅に到るには、地下鉄御堂筋線の梅田駅、阪急梅田駅、阪神梅田駅、地下鉄谷町線東梅田駅、地下鉄四つ橋線西梅田駅などの各駅への通路、阪神や阪急などの百貨店へのエントランスなど、複雑な分岐を縫って、比較的目立たない階段をのぼっていく必要があります。
 できるだけていねいに説明しましたが、お年ですし、あまり自信無さそうです。「わからなかったら、だれかにまた聞いて下さい」というと、「久し振りに大阪にでてきたのでよくわからなくて…」と力なく笑ったのでした。

 その後、同僚と会社に向かったのですが、どうしてもそのおじいさんが気になって、ちょっと寄るところがあるから、と同僚と別れ、すぐ取ってかえしました。
 いつものように梅田の地下街はたいへんな人でごった返していましたが、さきほどの場所とあまり変らないところで、そのおじいさんを見つけることが出来ました。
 「大阪駅まで行かれるんですよね?いっしょに行きましょう」、そういって、そのおじいさんの荷物を持って、駅に向かいました。ものすごくおそい足どりでしたが、背負って行くわけにもいかないので、せかさないように気をつけながら、横に付き添って、進んでいきました。
 どのくらいかかったかはわかりませんが、自分で歩くときよりはるかに時間を要したことはたしかです。しかし、自分の行動が無意味だとは思いませんでした。とにかく、迷ったこの人を駅の改札まで案内する、それで自分の役目は終わりだと思いました。

 しかし、もうあと少し、というところで、私は大きなミスをしてしまいました。
 無事地下街から地上にでて、もう大阪駅も目の前です。しかし、キップの販売機がわからなくては困るだろう、と、そこまでは付き合うつもりでした。
 今歩いている歩道から、駅の東口に入るまでに、一ヶ所、信号機つきの歩道があります。タクシーやバスなどがターミナルからでて来る、一方通行の数車線の車道を渡る、歩行者の多い横断歩道です。
 そのおじいさんと渡り始めたとき青だった信号は、点滅を始め、赤になりました。ふつうの人なら何秒もかからずに渡ることの出来る道幅ですが、そのおじいさんの足どりを考えれば、はじめから次の青になるまで待つか、体を支えて渡してあげるか、どちらかをすればよかったのです。が、私は荷物が多かったこともあり、目でそのおじいさんをせかしてしまいました。
 あせったおじいさんは、それでも何とか渡り終えたかに見えましたが、その人にしては大股に進めた足が、歩道の段差にかかった瞬間、バランスをくずしてしまいました。そして、あおむけに、非常に危険な体勢で転倒してしまったのです。

 私は驚いて、自分の鞄もふくめ、手にしていた荷物を横断歩道の上に取り落とし、またそのおじいさんが怪我をしてしまったのではないかと動揺しました。しかも、信号は赤で、車が今にも走り出すかも知れません。
 しかし、次の瞬間、私の期待していなかったことがおこりました。近くにいた、男性のサラリーマンやOLたちがかけより、おじいさんを助け起こし、そして私が落した荷物を拾いあげて、私に手渡してくれたのです。さらに、長い信号を待ちわびていたであろう、気の短い大阪のタクシーたちが、一台として走り出すこともクラクションを鳴らすこともなく、私たちが安全に渡り切るまでじっとまっていてくれたのです。

 さいわいにして、おじいさんに怪我はなかったようです。助けてくれた人達は、なにもなかったように立ち去っていきました。
 駅のベンチに腰かけて一息ついたおじいさんは、「最初に道を聞いた後、戻って来てくれましたね。私は、昔の友人に渡したいものがあって久し振りに大阪にでてきましたが、彼には会えませんでした。あなたがこれをもらってください」といって、風呂敷包みを辞退する私に手渡しました。
 結局、荷物になっても気の毒だと思って受け取った風呂敷の中には、ズボンが一本と時代遅れの大きなラジオが入っていました。

 私は、自分のしたことがそのおじいさんのためになったのかどうかについては自信がありません。もしかしたら、そのときに気づかなかった怪我をしていて、あとで後遺症がでたり寿命を縮めたかも知れないのです。
 ただ、自分の行動の未熟さは反省して改めるとして、そのことで、何人もの優しい人達の気持ちにふれることが出来た、それが私の心の宝物になりました。

 そうしたことがあってから、私は以前のようにあれこれ考えなくても電車で席をゆずったりすることができるようになったと思います。
 たとえば、もしかしたらこの人は次の駅で下りるからかえって迷惑かも知れない、とか、頑固な人で、年寄扱いされるのが嫌いな人かも知れない、とか、考え出せばなかなか行動に移せないことがあります。
 しかし、少なくとも私の場合は、席をゆずって、遠慮ではなくてほんとうにけっこうです、と言われれば、そうですか、と言って、そのまま気にせずにふたたび席につくことが出来ます。また、そのことを引きずって恥しいとか、気まずいとかも思いません。そう思えるようになりましたし、だからあまりあれこれ考えずに、必要だと思ったら席をゆずることが出来ます。

 それでも、やはり私は、とっさに一番いいと思える行動を取れる勇気があるかどうか、いまだに自信はありません。だから、機会があれば、そのように動けるよう、努力しているのです。

 最後に一つ、念のために付け加えると、私は、私がいいと思っている行動を取らないからといって、他の人達をどうこう思ったり、ましてや責めたりするような気持ちはありません。あくまで、それは私自身の問題であるからです。
 いつか、ほんとに躊躇なく、しかも適切な判断で迅速に行動できるようになれればいいな、そう思っています。



コメント



JR大阪駅で (R)
2005-02-14 04:12:17

私も先日、多くの人で混雑する大阪駅構内で柱に向かって歩いていく杖をついた50代くらいの男性を見かけました。
点字ブロックから1Mほどずれて歩いていたので、きっと見失ったのだろうと思い、声をかけました。
話してみると杖を持っていましたが、点字ブロックが解らないそうです。
少し驚きました。
杖と点字ブロックがあればまっすぐな道なら歩けると思っていました。
結局、目的地の御堂筋線まで誘導し、駅員さんにお願いしましたが、駅員さんがとても感じが良くて嬉しかったです。
以前に同じような人をみかけて声をかけたら、嫌がられたことがありましたが、私もにゃごさんと同じ様にそれでも声をかけたいと思います。

あっ。でも、私の母は妊婦と間違えられて席を譲られました(笑)



行動できる人 (にゃごにゃ)
2005-02-14 08:49:38

>> 私もにゃごさんと同じ様にそれでも声をかけたいと思います。

Rさんは、私と違って、努力せずに行動できる人なんですね。こういうのって、本来は女性の方が絵になりますよね。助けられた方も安心して助けられる(?)し、まわりのひとも見ててほっとするし。
ともあれ、私もRさんのようになれるようがんばります。

>> 私の母は妊婦と間違えられて席を譲られました

すごい。一つは妊婦と間違われるくらい若く見える点。もう一つは、もごもご…。



とっさの行動力とは違うけれど (k)
2005-02-14 10:56:24

私は緊急時になると体が動くタイプのようです。
これは「とっさの判断力」があるということではなく、気になることを放っておくのが我慢できない、こらえ性のない性格であり、また後先考えずに行動してしまう短気な性格であり、自分が「こうすべき」と思ったことを曲げられない、ごり押しタイプの融通の利かない性格であるということです。こういうタイプは日常煙たがられます。
よって緊急時以外にはあまり役に立たず、デメリットの方が多いようです。
子供の頃、病院の入り口で老夫婦が段差を上ろうとしているのを「リハビリかな」と思って傍観していたところ、母親に酷く叱られたことがあります。
そうした教育(?)の繰り返しが、「気になることは後先考える前にやっちまえ」という性格を作ったのかもしれません。
にゃごにゃさんはその点理性的で、よく考えた上で行動もできるということでしょう、きっと緊急時以外にも役に立つことが多いんじゃないでしょうか?
うらやましいです、本当に。



涙なしでは (にゃごにゃ)
2005-02-14 11:08:28

まずは、最後まで読んでいただいてありがとうございます。
としかいえないですよ、我ながらこのバカ長いブログの文章。
>> 私は緊急時になると体が動くタイプのようです。
十分自慢できる特性ですよ。「ひとはなぜ逃げ遅れるか」なんて本もなかったでしたか!?
>> 子供の頃、病院の入り口で老夫婦が段差を上ろうとしているのを「リハビリかな」と思って傍観していたところ、母親に酷く叱られたことがあります。
うう、涙なしでは語れませんね。でもここは、そうしたしつけのできるりっぱなお母さん(たとえ勘違いがあったとしても)に、感謝しましょう。
>> 「気になることは後先考える前にやっちまえ」
それ、それって大切ですよ。
なんかが爆発したら、何が起こったか詮索する前にまず伏せるとか(^^;)。

体が動く、って、動く人には当り前でも、そうでない人から見ればけっこうかけがえのない長所です。kさんがうらやましい。



こういう経緯が・・・ (らく)
2005-02-14 12:20:44

こういう経緯があったんですね

自分では自然にできないないからと努力してやっていても、他人から見たらにゃごにゃさんは「自然にできる人」なんだろうな、と思いました(笑)

心の葛藤は見えませんから





おかげさまで (にゃごにゃ)
2005-02-14 12:29:17

らくさんのおかげで、その2、その3が書けました。

腹案はあったんですが、その1でコメントを書いていただけなかったら、もういいや、でそれきりなってたと思います。

自分なりに整理できましたし、ありがとうございました。



天の声 (小夏)
2005-02-14 19:59:16

特に何の病気というわけでもないのですが、私はよく具合が悪くなります。
そんな時、立ち眩み程度であれば少し休憩をとれば治るのですが、吐き気などが伴うと倒れるわけにもいかず、その場で座り込んでしまいます。
そんなことが今まで数回ありましたけど、声をかけて下さった方は1人だけでしたね。
それまではカッコ悪いな~と感じることはあっても、人が構ってくれようとくれまいと何とも思わなかったのですが、声をかけてもらった時、初めて涙が出そうになりました。やはり不安だったのでしょうね。中学生くらいの少年でした。

それからでしょうか。困っている様子の人を放っておけなくなったのは。
助けを否定されることもありますけど、それはそれ。
自分もそうやって助けてもらったことがとてもありがたいと思ったので・・・。
にゃごにゃさん、例えば私が道端で具合悪そうにしてたとして、多分にゃごにゃさんは声をかけて下さると思いますよ。大丈夫です。

今回は自分のことばかりで申し訳なかったです^^;



そこですよね (にゃごにゃ)
2005-02-14 20:17:49

>> 私はよく具合が悪くなります。
小夏さん、丈夫そう(根拠ないけど)なのに、意外です。
>> 中学生くらいの少年でした。
おおー、私など足元にも及ばない成熟。
>> 助けを否定されることもありますけど、それはそれ。
そこですよね。例えば、バイクに乗ってて、前の車のブレーキランプが切れていて、信号待ちのとき教えて上げても、余計なお世話、という顔をする人もいますよね。そういう人は、自分がそういう行動をとったことない人だと思います。もしあれば、自分にとって結局どうでもいいことをわざわざ教えてくれる人に、感謝できない理由はないですから。でも、だから不愉快になる、というのも違いますよね。

できることは骨惜しみしない、好意には感謝して受ける、が、案外難しいけれども一番いいんでしょうね。
>> 今回は自分のことばかりで申し訳なかったです^^;
とんでもない。いいお話、ありがとうございました。

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